

オーストラリアプログラム

レポート
REPORTTAP 留学中の学生による
特派員レポート
読者の皆様。はじめまして。メディア情報学部社会メディア学科の藤本櫂(ふじもとかい)と申します。よろしくお願いいたします。毎日が新鮮なTokyo City University Australia Program(TAP)。今回は、私自身の毎日と、日々の葛藤についてお話したいと思います。
2026年1月24日に僕はサイクルAを代表して決意表明を行った。その後、様々な場面でのリーダーに抜擢された。4月に開催が予定されているJapan Festivalのリーダーや、ソーシャルリーダーなど替えがきかないような役職を与えてくださった。選ばれたからには、自分なりに責務を全うしようと心に決めて、2月5日に日本を飛び立った。深夜に蒸し暑いパース空港に到着して、懐かしい雰囲気を感じた。というのも、僕は高校1年生の時に、一度オーストラリア留学を経験していたのもあり、初めてオーストラリアの地に足を踏み入れた生徒たちに比べると感動は少し薄かったかもしれない。しかし、やはり空港の外に足を踏み入れた瞬間、胸が高鳴った。これから始まる4ヶ月の海外の生活に非常に期待していた。
そして、Edith Cowan Universityでのオリエンテーションを重ね、初回授業。東京都市大学の生徒は、最初Edith Cowan Collegeという、Edith Cowan Universityで授業を快適に受けれるよう、英語の育成段階のような場所で前半の授業を過ごす。僕はLevel3だったので、他の東京都市大学の生徒3人、合わせて4人で教室に向かった。というのも、理由は定かではないが、ほとんどの生徒がECC(Edith Cowan College)の建物で授業を受けて居るのだが、僕らのみECU(Edith Cowan University)の建物での授業となっていた。不安を抱えて臨んだ初回授業。結果は惨敗。先生の説明はよく理解できた。でも、様々な国籍の生徒(僕のクラスは、中国人、ベトナム人、バングラデシュ人、日本人で構成されている)の第一言語独特の訛った英語が全く聞き取れなかった。そして、新参者の僕。正直、歓迎されている気がしなかった。そして、初回授業の内容と生徒の態度に圧倒されていた。具体的には、世界の保険制度を「私的保険」「公的保険」「複合的保険」の3つにわけ、実例に基づいて分類する内容であった。パートナーで話し合い、自分の意見を主張し合い、調整し、答え合わせをする。先生が一人一人を指名し、自分の答えを発表する。そして、三問目で僕の名前が呼ばれた。自信があったので堂々と答えた。結果は不正解。不正解であることが恥ずかしいわけではない。ただ、悔しい。なぜ間違えたのか理由を考えようとしたら中国人の生徒が大声で質問する。"Teacher! Why is the answer different!? I have a same opinion!(なんでその答えが違うの⁉私も同じ意見なんだけど!)"困惑した。その直後、バングラデシュ人の生徒も疑義を呈した。そして、20分ほどディスカッションが始まった。たった1問にだ。日本だったら後で質問に来なさいと言われるような場面でも先生は真摯に向き合って、生徒も合理的に自分の意見を主張していた。僕は何もできなかった。加われなかった。喋れなかった。
出国前の決意表明の後、友達に褒められて天狗になっていたことも、スピーキングに自信があったため、正直現地での授業を甘く見ていたことも事実。無力感に襲われた。ホストファミリーの家に帰り、日本にいる家族に電話をかけて、号泣した。手も足も出なかった。辛い。怖い。今まで目を向けようとしてこなかった不安が全部押し寄せてきた。でも、本当に僕は人に恵まれていた。家族は勿論、同じホームステイ先のルームメイトやホストマザー、同じクラスメイトと励まし合って、何とか1つ大きな山を越えて今、特派員としてレポートを書けている。でも、慣れない環境で、色々な障壁がある反面、勿論楽しい事もある。それを写真で体感していただけたらと思う。最後まで読んでいただきありがとうございました!次の更新を是非お待ちください。
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